宇部とは

私は生まれも育ちも山口県宇部市ですが、「宇部ってどんなところ?」と聞かれても

「炭鉱だった町」「山田洋二監督、庵野秀明監督がいたよ」

「ユニクロの柳井正さん、ノーベル医学・生理学賞を受賞した本庶佑さんがいたよ」

「宇部興産があるよ」とか浅いことしか言えません。(圧倒的勉強不足)

知らないのは恥ずかしいので、調べてみることにします。

#宇部 でググったらブルーシールアイスクリームが出てきて衝撃でした。

どうやら、ウベ(Ube)はフィリピン語で だいじょ(紅山芋)のことだそうです。

ブルーシールアイスクリームの「ウベ」は紅芋よりも粘りがあり鮮やかな紫色とまろやかな風味が特徴的な味わいのようです。

ブルーシールアイスクリーム:https://www.blueseal.co.jp/products/flavor/154.html

まずは宇部の歴史から

さっそく宇部市役所のサイトで歴史を調べてみます。

1万数千年以上も前から私たちの祖先が生活を営んできました。

原始・古代では、旧石器時代の石器が多数発見された「長桝遺跡」(西岐波)、縄文時代の海浜集落遺跡である「月崎遺跡」(東岐波)、県内最大規模の弥生貝塚を伴った高地性集落の「北迫遺跡」(川上)や、古代中央政権との関係が伺われる三角縁神獣鏡が出土した「松崎古墳」(藤山)など県内を代表する遺跡が残っています。

宇部市の歴史:https://www.city.ube.yamaguchi.jp/kyouyou/rekishi/uberekishi/index.html

驚きました。1万数千年前から宇部に人がいたなんて…

中世では、霜降山山頂に霜降城を築いた厚東氏が厚東棚井を本拠に、長門国守護として活躍し、同時に中世文化も花開きました。戦国時代では大内氏の守護代内藤氏が市内最高峰である吉部の荒滝山に築かれた荒滝山城を居城としていました。江戸時代になると、毛利藩永代家老の福原氏が宇部領主となりました。鵜ノ島開作をはじめ常盤池の築造や真締川の付け替えなどにより、耕作地を拡大し、幕末まで宇部地域の発展に尽くしました。

宇部市の歴史:https://www.city.ube.yamaguchi.jp/kyouyou/rekishi/uberekishi/index.html

この辺りは学校で教えられたような気がします。

江戸時代初めに船木村や宇部村で発見された石炭は、瀬戸内の塩田用としてその需用をのばし、明治時代以降は各地で炭鉱が開かれ、石炭産業が発展していきました。宇部村は人口の急速な拡大と飛躍的な発展を遂げ、大正10年11月、一挙に県内2番目の市制を施行しました。以降、宇部市は石炭産業から化学工業へと転進し、屈指の工業都市となるほどに産業が発展していきました。

宇部市の歴史:https://www.city.ube.yamaguchi.jp/kyouyou/rekishi/uberekishi/index.html

やっぱり宇部は石炭の町だったということですね。

宇部興産の創業者である渡辺祐策の言葉である

「有限の鉱業から無限の工業へ」

は、いい言葉ですよね。よね? …私は好きです。

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